祝福への制限時間

 

 

 

11月某日

 

12月が目前になるとアリィはいつもより楽しそうに本を広げる。今年は遠く離れたカントーの都会から出版された情報誌だ。自分を目立たせる一つとして煌びやかなスーツやドレスに身を包んだポケモン達の写真を眺め、次のコスメのページを何度も読み返す。誕生日前だからだ。プレゼントはこれと言って欲しいものが無いと言うが、数日考えればどうしようか悩んでしまう

 

ドン「ここの予算なんに使ったけな……」

ガアちゃん「恐らく……あ、馬車の点検はこれか…」

 

オフィスを改装した家はドンの事務机もあり、珍しく机の前に向かった巨漢共が摘んだガラスペンが白紙の上に小さな黒い池を作る。足元ではドンの尻尾を二人の子供が引っ張る様子。



ジョウ「ねーえー、バトルしよーよー」

ティラン「じゃー!ぎゃらっ!」

 

アリィ「終わったらアリィと遊ぶんだよ」

リト「ダメでしょ二人とも。仕事中なんだから、ドンさんと終わったら買い物に行くの。」



椅子からはみ出した尻尾でジョウ達を振り払い、机に並べた一冊をティランへと放り投げた。軽く開けば今までの出来事が詰まっていた



ドン「あーもう、これやるから大人しくしてろ!」

 

ジョウ「…あ!ドラゴンの写真!!」




ジョウ「あーレナさん写ってる!アテナさん所のドラゴンもだ!見たことないドラゴンもいっぱいだ!!!」



アリィ「最後のページの卵、私たちなのかな…ん?」




アリィ「?じーちゃんと写ってるヒト誰だろう…」

 

アルバムの中はやりたい放題なヨクバリスの一件をまとめたものだ。見知らぬヒトの中には知らないリザードンの夫婦、だがガルシアと一眼でわかるドサイドンの隣に見知らぬリザードンのツーショットが何枚もあった。母のリトにしては細く、ロンのようないかつい目つきやタバコは咥えていない。ユディーだろうと決まりかけていれば、全体が写った美女と野獣の写真に尻尾に灯す炎は黄色の…黄金のような揺らめきをしていた彼女。初めて見た顔に親しみを感じているとジョウが口をひらいた

 

ジョウ「このヒトねー、おばーちゃんだって。」

アリィ「知ってるの?」



ジョウ「ずっと前だけど覚えてるよ。凄い忙しくて、それから会ってない。ね、また来ないかな?」

アリィ「アリィも会いたい!今度の誕生日に来て欲しい!」

 

リト「私に言われてもねぇ…すぐに来れるかしら」

 

ジョウ「そうだ!こーゆー時こそ」

アリィ「おじいちゃんに言えばいーんだ!ティラン、背中乗せてー!」

 

ティラン「ジャラッ!」



リト「あー待って二人とも!今はお仕事中だから後でわたしから聞いてみるわ。邪魔したら悪いでしょ?」







リト「という事があってね。」

 

ガルシア「なぜ、合わせてくれない」

ドン「合わせたら仕事しねーだろ」

 

ドン達が困るのも仕方ない。トラヴィスは既に死去…戦死している。ヨクバリスが願い事の力を手に入れた事件は島が滅茶苦茶だったからこそ起きた奇跡だ。死者が干渉出来ないように、こちらから死者に干渉するのは禁忌とも言える。

 

深夜のカフェでいつもの入り口から一番近い大席テーブルを囲い、でガルシアが紅茶を啜りながら横目でスマホの画面を覗く

 

ガルシア「そうか、アリィはまだトラヴィスに会ってなかったな。しかし……」

 

目前のロトムスマホが操作で突き飛ばされながらも指を動かし、その画面を見て目を伏せた

 

ガルシア「わかった、努力はしてみよう」

ドン「努力ってマジで生きてるんか」



ガルシア「そうあって欲しいもんだな、子供には急に来れるかはわからないけど、とは伝えてくれ。」



リト「……液体で満たされたおっきな水槽に凄い生物や蘇ったヒトが入ってるの映画で見た事あるわ。」

ドン「親父なら本当にありそうなのが困る」




12月1日



今年のアリィの誕生日は比較的平凡だ、本人の希望で煌びやかなパーティを望まなければ、定期便に乗船して他国へと旅行も行なわれなかった。誕生日のケーキを自分で作りたい、その要望を叶えるために平凡な日々を選んだ。



ユディー「卵はボールの縁で当てて両手で割りますね」

アリィ「殻が入っちゃった………いいの?」

 

この日のためにも大量に発注したミルクに卵。片手ずつ卵手にし次々と割って、瓶を見ただけ投入するミルク分量を完璧に測れる腕前にはお揃いのエプロンをつけたアリィの手は止まっていた。その向かいのテーブルで、駆り出された真っ黒なリザードンが聞こえる程度に小言を呟いていた



リト「ほら、手が止まってるわ」

 

アリィ「はーい」



リト「ねぇ、アテナさんまだ連絡付かないの?」

 

ユディー「突然急用とかで、大急ぎで早朝出て行きましたよ、イチゴは乗せるやつは切らないでくださいね」

 

ティー「なんで俺がこんなこと………旦那はどーした旦那は」

ユディー「ジョウ君たちの相手をお願いしてます。それにデカくて今日だけはちょっと邪魔になりますし」

 

アリィ「ティラン、いつも土だらけで部屋に入るもん。」



混ぜた生地をチャッキリに投入し、たこ焼きの穴に生地を流し込む動作と変わりなく並べた大量の型に手早く投入する。壮大にパーティを開かない代わりとして全員に配布する小さなケーキ用だ。

 

ティー「じゃあデブはどこ行った?あいつの物こそ市販かクリームだけ吸わせれば喜ぶだろ」



リト「最近みてないけどガルシアさんも仕事中!アリィと誕生日近いんだから一緒にお祝いするのよ!……ユディーはアリィには泡立て器を使わせて、ソティーは終わったらドライフルーツを砕いて生地と混ぜる!もう話してる余裕はないわよ!」






全員分の生地を作り終えた時は既に15時を回っていた、最後の型をオーブンにぶち込んで火を入れるとドンの事務椅子に腰を下ろした。ソティー達は既に反対側の隅に置いたベッドの上でひっくり返っている。特にソティーは10段は超えたカップケーキを収めたケースから完全に目を逸らしていた

 

リト「終わった、後はクリーム塗るだけねー」

 

ユディー「さっさとお昼食べましょ…」

ティー「あー!もーいやだ!次からぜってー手伝ってやらねー!」



15時を過ぎれば1日の業務を済ませた者が増え、宿舎から基地の食堂までは人集りが増え始めている。リトの背に乗って食堂に向かう途中お祝いの言葉を送られながらも一行は向かうだろう。日替わりのランチをそれぞれ手に席を探そうと視界を巡らせると、大きいヒト向けの席に見慣れた二人がいた



アテナ「あっ料理組。」

ティー「この野郎ずいぶんと暇そうじゃねーか」

 

ユディー「ソティーダメですよ!」

 

アテナ「ソティーを代打にしたのは本当に悪かったって!こっちも仕事出来てるんだからさ」

ガルシア「済まないがアテナは俺が貸し切りだ。ソティーには悪いが今日は当てにしているぞ」

 

ティーの声が響いた途端、机に広げたノートと本を次々と閉じ、ガルシアが大きな腕でひとまとめに回収。テーブルにバン!と音を立て置かれたプレートはマグカップに入った大きめの野菜のスープがわずかに跳ねた。

 

ティー「くっそ、面倒ばっかり…」

 

アリィ「ねー、ばーちゃん来るよね?」

 

アテナ「……」

 

アリィの言葉に全員に気まずそうな雰囲気が漂った。一人だけが楽しそうに笑みを浮かべて、ガルシアが勿論と頷いた。た。席をかわるようにアテナが椅子からガルシアに飛び移り、去っていくのを見送った。






リト「……」



遅いランチを終え、外では交代で基地へと向かうヒトで溢れていた。外から入り込む夕日の光で窓は赤く染まっていた。ベットの方でソティー共に睡眠についたアリィに顔を向け、すぐに目の前の作業に戻った。

 

リト「ねぇ、本当に来るのかしらトラヴィスさん。」

 

ユディー「どうやって来るんですか…ここにはセレビィさんも居なければ、めちゃくちゃな技術もないのは姐さんが一番知ってるはずです」

 

スポンジケーキにクリームを伸ばして、白く染めながら、ユディーはカップケーキに少しのクリームとイチゴを乗せていく。リトが落ち着いた様子で口を開く

 

リト「来てくれるなら嬉しいし、私も両親にアリィ達のことは自慢したいけど……」

 

ユディー「戦死、でしたっけ」

リト「それに1番会いたいのはガルシアさん本人よ、方法があったとしても、アリィのために会いに来るとは思えない」

 

話しながらもケーキの上に砕いたドライフルーツと混ぜた色がついたクリームを搾り、間にソティーが刻んだ不恰好な様々なフルーツを乗せていく。最後にチョコプレートにチョコペンで名前を描こうとした時だった、視界の端にアリィが起きてその様を見ていたのに気がついてしまった。二人の話に呆然とした様子で聞いていたようだ

 

アリィ「おばーちゃん、死んじゃったの?」

リト「アリィ!やだ起きてたの!?」



アリィ「…来ないの?ケーキ作ったのに……」

リト「それは……えっと…」

 

ユディー「きっと、きっと死ぬ程忙しいんですよ……ですよね?」

 

言えるわけがなく、言葉に詰まったリトに変わりユディーが慌ててフォローするも、首を振ったアリィがぐずりながらも「バカ!」と大声をだして外へ飛び出した。




リト「あ、アリィ!あー…後お願い!」

 

すぐに後を追うようにクリームの袋を投げ出し、チョコペンを踏み潰したのに気づかず飛び出した。家の前で見渡すが、夕日の激しい光に目を閉じてしまい、一度は見つけた影が消えていた。



リト「きっと基地の方ね!」

 

巻いたエプロンを片手に助走をつけて跳ねた。普段使わない翼ではとてもスムーズに飛べたとは言えないが、屋根に登って、弾道飛行で探しながら基地の方を目指す。が、結局アリィは見つからずに基地の裏口についてしまった。壮大に着地し、先にすがたを見て目の前で待ち構えていたドンへと抱きつくように、勢いを止めた。ドンの腕の中で息をはき、激しい胸の鼓動が伝わって来る。リトの様子ですぐに異変があったとわかった



ドン「そんなに慌ててどうした!走って来るなんて…」

 

リト「はー、はぁ…!ここに、アリィ来なかった?私が変なこと言っちゃったから…!」

ティラン「んがっじゃ」

ジョウ「ティランも見てないって、…公園じゃないかな。」







アリィが向かった場所はティランの思惑通り基地とは反対の場所にある宿舎錬の一か所に作られた小さな公園。正確にはバトルコートと何もない広場が分けれてある空地というのが正しい。ベンチの影が大きく伸び、次第に、周りが影のように暗くなっていく。会いたかった人はもうすでにいない、ジョウは会えたのに自分は会えない。その気持ちでいっぱいで、泣きそうにも泣けなった。体がいつもよりも熱く、鼻をすすりながらただただ隅の街頭にも立てれて座っていた。

 

しっぽの炎も怒っているのか悲しみを感じているのか、感情をコントロール出来ない自分と同じようにバチバチと火花を立て小さく揺れる。このまま飛び出して、家に戻っても、ガルシアのもとに問いにいっても怒るのは自分でも理解し、このまま帰らなければ心配させてしまう。今は何も見たくないと頭を下げて丸くなった




「どうして泣いてるの?」

アリィ「泣いてないっ。」

 

「じゃあ怒ってるの?」

アリィ「怒ってもないの。」

 

アリィ「私だけ、置き去りにされた感じがするだけ。」



アリィ「おにーちゃんみたいに体も強くないからパパとあまり遊べないし、私だけおばーちゃんに会ってない。ティランみたいにドラゴンの友達もいない。私だけ何にもないのずるいよ」



「そんな事はない。思った事をはっきり言う事で、手に入る物もある。顔を上げてちょーだい?」



そこまで言うならと、ゆっくりと顔を上げてみる。ベンチに腰掛けて、前屈みで首を伸ばすリザードンの姿がそこにはあった。写真でみたやや細身の、生身の証である炎は見たこともない鮮やかな金色が真っ直ぐと力強く灯していた。

 

アリィ「…おばーちゃん?」

 

ラヴィス「そう、ポケルディア軍教導隊所属……わかんないか、タマゴの時からこんなに大きくなったのねー」

 

表情の豊かさと綺麗な肌からリトより少し上か同い年に見えた。ベンチから降り、目の前で座り込んで頭を撫でた。ほんのりとあったかい手は生きている証拠だ

 

アリィ「もう居ないってママが言ってたのに…本当に来たの?」

ラヴィス「それは本当だけどね。でも足も炎も本物よ。自分の孫が出来たのに来ないヒトは居なくて?」








アテナ「命の石って知ってる?錬金術のなんだけど、今のトラヴィスはそれを使ってここに留まっているんだ。乗り移ってるが正しいかな」

 

リト「身体は…?命と肉体は違うものと言ってませんでしたか?」

 

アテナ「命の石もあの身体も、ガルシアが作ったんだよ。助言はしたけどね。トラヴィスともう一度再会したいって、ここで錬金術の授業をしながら。」

 

リト「あ、手伝い来なかったのってもしかして」

アテナ「さーてと、主役が来る前に帰って待ってよ。ガルシアにケーキが食い荒される前ね」




アリィ「私もなれるかな。皆みたいな強いヒトに」

 

ラヴィス「自分に自信を持ちなさい。誰にも負けない気持ちと絶対に曲げない信念があればきっと変われるわ…今は子供を楽しみながらね?」